LA VIDA ES BONITA! (ラ ビダ エス ボニータ)

煩悩だらけ仏教徒のリアルタイム世界旅行記。"LA VIDA ES BONITA(ラ ビダ エス ボニータ)"はスペイン語で”人生は美しい”という意味です。

意識について考えていました

旅のなかで、頻繁に「意識」について考えていました。
どんなふうに考えていたかを今日はちょっと書かせてもらおうと思います。
私が考えている意識の主な特性は下記の2つです。

ー囲環境や自己に生じる感覚や自己そのものを認識することを可能にし、またそれらに注意を向けたりすることを可能にする。
⊆詑里鮖たず、具体的にどこに存在しているのか分からないけど、「はたらき」として確実に存在している。

私は、自分という概念や認識は、「身体」と「身体の一部位である『脳』の働きの結果生ずる意識」から成ると考えています。

つまり

「身体」+「意識」=自分

というふうに捉えています。
意識は身体の中にあるものなのですが、意識を身体から外して、身体と相対するものとして捉えています。

身体は「今ここにある自分」しか生きられません。それに対して、意識は「今ここにある自分」を離れて、過去にも未来にも行かせることができるし、宇宙や他人へも行かせることができます。
意識は困るくらい自由奔放です。

何かを経験するとき、経験していくのは身体ですが、身体が経験したことを認識したり、評価づけしたり、感情を認識するのは意識です。
このことから意識があるからこそ、生きているという感覚を持てると言えると考えています。
意識がなければ、経験は、身体が経験するだけで終わりになります。つまり経験を認識することも評価づけすることも不可能となります。意識がなければ、人生は身体が次から次へと様々なことを経験していくだけとなり、寂しいものになることと思います。

実体を持っていなくて、はたらきにすぎないものなのに、生きている感覚を与えるこの意識というものは、私に言わせてもらえば化け物です。
さらにこの意識という化け物は、ネガティブな感情を抱かないようにするといったように、自らで自らをコントロールすることも可能です。
不思議です。

私たち人間は普段、自分の外側に客観的な世界があると考えていて、自分が死んでも世界はそのまま続くと思っています。しかしその世界とは、個人個人の認識に基づいて作りだされるもの、つまり意識の中で作られるものです。

世界像を作り上げる脳のシステムや意識の働くメカニズムについて、私は人によってそんなに大きな差異があるとは思っていません。ただ、その人の経験とその捉え方や嗜好が脳や意識のどの部分を重点的に使うかを左右し、そして個々の世界像に大きな影響を与えると思います。

私がこのブログのタイトルを「LA VIDA ES BONITA」としているのは、きれいな世界像が作られるよう自分の意識を洗脳(自己洗脳とでも言うのでしょうか?)しているからです。あまり好き嫌いを持たずに、また何事も肯定的に取れるよう心掛けて旅しています。

旅という自由な時間の中で、ほぼ毎日、この自由奔放すぎる意識について思いを巡らせています。
もっともっと意識について、自己について勉強していきたいと思っています。
  1. 2008/07/04(金) 05:22:41|
  2. とても個人的なこと
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