4月16日から5月1日までウズベキスタンにいました。
4月下旬は、日本で仕事をしている短期バックパッカーによく(といっても5人くらいですが)会いました。大体10日間くらいの旅行のようでした。理系の方が多かったです。工場の稼動の観点からGW付近に有給休暇を消化する方が会社にとっても都合がいいので、この時期に旅するとのことでした。
化学会社の開発の方2人と、2日ほど宿が一緒だったので、いろいろ話をしました。2人とも話が論理的で、頭の中の情報の整理が上手でした。私のようにすぐ感情的になり、また感覚的に物事を捉えようとする人間とは頭の構造が全く違っているのを強く感じました。
人とコミュニケーションをとるとき、楽しく感じるのは感覚的表現中心のコミュニケーションかもしれませんが、話の内容をよりよく理解できるのは当然論理的な表現ですね。
私は自分のブログに感覚的な表現が多すぎるって感じています。当然感覚というものは人によって異なるので、少しそういう表現を減らさないといけないかなって思います。でも、ブログが論理的過ぎるとそれはそれで、味気ないブログになってしまうのかな。
自分が感じたことをより上手に表現するため、もう少し説得力のある情報や論理的な表現を交えよう、でもあまり味気ないブログにならないようしようと思っている今日この頃です。
- 2008/05/08(木) 18:21:01|
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トルクメニスタンのアシュガバートには5月1日の夜10時に到着しました。USD5で泊まれるDowranow邸という民家に行きたかったのですが、着いた時間が遅かったので、HOTEL ASHGABATという宿に泊まりました。ガイドブックには、シングルが20USDだけど改装中と表記されていました。到着して、外観の立派さにびっくり。多分50USDくらいしてしまうと思っていました。そしたら意外にも値段は従来どおり20USDでした。
外観はこんな感じです。

外観だけ改装して、中は結構お粗末でした。でもお湯はたっぷり出て、そこそこ快適でした。
翌日は例の第一希望だったDOWRANOW邸に泊まりました。DOWRANOWとはこの家の主人の名前です。ごく普通っぽく思える民家です。そこの母屋の1部屋に朝夕食付きで5USDで泊めてくれました。離れに3部屋くらいあり、そこは現地の人に下宿先として貸し出しているようで、この一軒の家に20人くらい(ほとんどが女性)が住んでいるようでした。
外観はこんな感じです。


泊まった部屋はこんな感じです。

縁側の写真です。

右側の子は16歳、左側の子は12歳です。右側の子はDOWRANOWさんの末っ子です。ガリガリで、顔がとても老けていましたが、実際の行動は屋根に上って騒いだり、ホラー映画を見て興奮したりで、かなりやんちゃでした。
トルクメニスタンの家も絨毯のしかれた縁側があるのがポピュラーなようです。ここで涼をとったり、食事を取ったりします。ウズベクスタンやトルクメニスタンで見るこの縁側が、私は大好きです。座布団があって涼しいので、居心地がとてもよいです。まったりしてしまいます。
カラッとした気候という特徴があるとはいえ、エアコンのように外の空気を完全にシャットアウトして居心地をよくするのではなく、ただ日陰を作るだけで涼をとろうとする姿にとても共感をおぼえます。
夕方5時に出された食事です。

パンとロールキャベツです。
「夜8時くらいに夕食をとりたいんだけど」と言ったら、8時くらいにも食事を出してくれるとのことだったので、こんな中途半端な時間に食事をとりました。おいしかったです。本番の夜の食事はもっとすごいだろうなぁと期待していました。しかし、本番の夜の食事はパン、キュウリ、ちいさな赤カブ丸ごとと、フライパンに載せられたまま出された目玉焼きだけでした。
この家では常にパンがこういう前回の残りみたいな形で出てきました。本心を言えば、新品を食べたかったけど、汚くなかったし古くもなかったのでそのまま食べました、。「
DOWRANOWさんには8人子供がいて、そのうちの1人の18歳の女の子が英語が少しできたので、いろいろ話をしました。写真はありませんが、彼女はトルクメニスタンのハンドボールの代表選手のようで、モスクワやカザフスタンに遠征に行ったことがあるとのことです。夜には、彼女やこのDOWRANOW邸に下宿している20代の女の子たちや上の縁側の写真の子供達とバスケットボールをして遊びました。
ここの家の人たちは外国人ツーリストが泊まることに対してとてもウェルカムなようで、とても居心地のいい宿でした。
- 2008/05/05(月) 14:41:21|
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ウズベキスタンでは、外国人旅行者は名目上滞在するすべての町で外国人登録をし、登録書を保管しておく必要があります。実際はこの登録手続きはホテルやゲストハウスが代行し、われわれ旅行者に登録書をくれるという方法がとられています。出国時や街中でのポリスコントロールの際に登録書の所持の簡単なチェックを受けることがあるので一応大切な書類というか紙切れになります。
ただ、私がタシケントで泊まったカラマットアパの家のような民家で、正式な宿ではないところに泊まった場合は、外国人登録を代行してもらえない、というかできないので、登録書をもらえないという問題が出てきます。そういう場合は旅行者本人が登録に行かないといけないはずなのですが、このルールは結構形骸化しているので、ほとんどの旅行者がもらえない分はそのままなしで済ませてしまっています。実際、上述したポリスコントロールを私も受けましたが、「登録書を持っていない」と言ったら、何のお咎めなしですみました。
前回紹介したブハラの宿MADINA & ILYOSは、まだガイドブックには載っていない宿です。タシケントで知り合ったフランス人&イギリス人のカップルが「とてもいいところだから、ぜひ泊まってみて」と名刺をくれて薦めてくれたので、、いい宿だろうと思い、そこに泊まることにしました。他に日本人が6人泊まっていました。
しかし、2泊した後の朝食時に突然警官らしき人が数人宿にやってきました。そしていきなり「この宿は不法営業だ。税金の問題がある。そして、この宿の出す登録書は無効だ。罰金を払って、警察で正しい登録書を入手しなくてはならない」と言ってきました。ちゃんとした宿だと信じて泊まっていた我々はびっくりしました。チェックイン時に宿のおばさんが宿泊代を払ってほしいと言ってきたので、我々は宿泊代はすでに支払い済みでした。宿のおばさんはとても親切でいい人でしたが、警察が来たら、我々に「宿代なしで泊まっていると言ってくれ」なんてお願いしてきて、自分たちの損失を最小化しようとしていました。
よくよく考えると、この宿はチェックインしてすぐに宿代の支払いを求めてきたり、他のツーリストが登録書をくれと繰り返しリクエストしても渡さなかったり、ちょっとおかしな対応の宿でした。
さて、我々はパスポートを警察に渡すよう求められ、最初はコピーを渡しました。しかしオリジナルを渡すよう強要されたので、仕方なくそうしました。パスポートを取り上げられてしまったので、素直に警察の調書作成に協力して早く解放されたいと思い、訊かれたことに対して正直に答えました。いつから宿泊していて、いくら払っているかについてや、どうしてこの宿を知ったのか、どうして泊まったのかについて訊かれました。その際に我々は、他のツーリストが名刺をくれて推薦してくれたから、そして名刺を持っているということできちんとしたホテルであると思ったから、ここに泊まったのだということを強調しました。最初のうちは警察は、我々が宿代を安くあげるためにこの宿が不法であるのを知りつつ、泊まっていると強く疑っていましたが、我々が騙されて泊まっていたことをどうにかわかってくれました。警察にこの宿の摘発ははじめてかどうか訊いたところ、この宿は以前にも何度か警察に摘発されているとのことでした。
その後我々は警察に連れて行かれました。罰金がいくらになるか心配していましたが、結局罰金なしで何のお咎めもなく解放してくれました。
罰金なしで済んで本当によかったです。しかし宿のおばあちゃんが警察と話をしていた際、号泣していたので、何かペナルティーがあるのではないかと思います。警察から戻り、私は合法な宿に移りました。そこの主人に「MADINA&ILOYSは警察が入ってきたから、私はそこから移ってきた」と告げたところ、「数百ドルのPENALTYだぁ」って喜んでました。
宿の食事はすごくおいしかったし、トイレ以外は快適だったので、この宿にいられなくなり残念でした。
その後この宿がどうなっているかとても気になります。
- 2008/05/05(月) 14:22:26|
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ウズベキスタンのブハラという町ではMADINA & ILYOSというゲストハウスに泊まっています。民家をゲストハウスにしたものです。ここの1部屋を4人の日本人でシェアしています。泊まり代が7USドルです。夕食をつけるとプラス3USドルです。
中庭の写真です。奥の台はウズベキスタン風の縁側とでもいうのでしょうか。絨毯が敷かれていて、座布団が置かれています。日向になるときもありますが、ここで涼をとれます。そして夕食はこの上で胡坐をかいて食べます。

部屋の写真です。

ウズベキスタンでは、家の中で靴を脱ぎます。きれいな絨毯が床にしかれています。日本の家にいるときのように好きなところに胡坐をかいたり、寝そべったりできるので居心地がいいです。手前のマットが私の寝床です。
タシケントのカラマットアパの家でも同様のスタイルでした。こういう民家のゲストハウスで困るのは、欧米人のツーリストで心ない人なのか鈍感な人なのか分かりませんが、サンダルを履いて屋内を歩き回っている人がいることです。
この宿の食事は豪華でおいしいです。昨晩の夕食の写真です。配置が悪くてすみません。

パン、ロールキャベツとジャガイモのカレー風味の煮込みと数種類のサラダがでました。正直ウズベキスタンの料理には飽きが来ていて、ブハラに来る前の2日間はトマトやきゅうりを買ってきてパンと一緒に食べていました。ですが、この宿のものはとてもおいしく、楽しく食べています。油っぽくなくて、味付けがしっかりしています。ちなみにウズベキスタンの料理に飽きていたのは、主に下記理由からでした。
味付けが薄い
油っぽい
味付けがワンパターン、味の幅が狭い
タシケントのトルクメニスタン大使館で知り合ったイギリスに留学したことのあるウズベキスタン人曰くく、ソ連時代にウズベキスタンのいいレシピが消えていったとのことです。本当かどうかは分かりません。
このB&Bの浴室にはシャワーだけでなく、サウナがあります。その写真です。

奥の竈みたいなのが熱源です。その手前がシャワーの蛇口です。熱源があまり熱くないので、汗はかけません。ただ真冬には体を温められると思います。
そしてトイレ。インドから始めた今回の旅で泊まった宿の中で最悪のものです。
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この手のトイレはカザフスタンでもウズベキスタンでも街道沿いのレストラン等でよく見かけるので、珍しくはないのですが、ホテルでは初めて見ます。床板が一枚はがされただけの便器です。夜は電灯で底面の作品群がライトアップされてしまいます。もちろん、見ませんが。
実はこのB&Bは本館が現在改装中で、私が今泊まっているのは別館です。本館のトイレはもっときれいなはずです。本館を見たかったなぁ。
実はこの宿にてある事件が起きました。それは次のブログで。
- 2008/05/05(月) 14:03:27|
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4月26日・27日はウズベキスタンの
ヒヴァという伝統的なオアシス都市の景観が保存されている町に滞在していました。
そこにあったシルクロードの地図です。


シルクロードをバスで移動するのでさえ楽ではないのに、昔の人々は大変だったでしょう。そしてオアシス都市は、本当にオアシス的存在だったことでしょう。
ヒヴァの景観です。


ヒヴァのバザールで見かけたひよこ売りです。
=>すみません、あひるの子でした。

オアシスっていいですね。乾燥地帯にポツンと出現し、癒しを与えてくれる。周辺の乾燥地帯とのコントラストも印象的です。
- 2008/05/05(月) 13:43:51|
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